癒しの逸話「裏庭のピート」

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アルコール中毒のピート

私(エリクソン)の患者にピートというアルコール中毒の男性がいました。

彼は32歳になるまでに、20年間も刑務所で服役していました。彼は刑務所を出ると、フェニックス(アリゾナ州の都市)へ行き、酒を飲んで子持ちの離婚した女性と仲良くなりました。その女性は仕事をしていて、ピートは彼女の稼ぎを頼って生活していました。

ピートはもっと酒が飲みたいと考え、飲み屋の用心棒として働きだしました。彼は仕事中もいつも酔っぱらっていて、客にけんかをふっかけていました。そのため、飲み屋という飲み屋から出入り禁止にされていました。

彼女の家で暮らし始めてから7か月後、彼女はピートがいつも酔っぱらっていることに嫌気がさし、彼を家から追い出しました。

ピートは、すべての飲み屋を回って仕事させてもらえないかと頼み込みましたが、すべての飲み屋から門前払いされました。

ピートは彼女のもとへ戻り、もう一度チャンスをくれないかと懇願しましたが、きっぱりと断られました。

そして、行く当てがなくなったピートは、43℃の炎天下の中、約6マイル(約9.7km)も歩いて私の診療所に来たのです。

実は、以前にもピートが私の診療所を訪れたことがありました。刑務所を出てすぐのころ、社会復帰訓練所の指示で私のところに来ました。私は彼と1時間ほど話をしましたが、彼は「もう先生と話をしたくありません。」と言って出ていきました。

ピートのガールフレンドも私の治療を受けに来たことがあります。彼女には10歳と11歳の娘がいましたが、彼女は、娘たちが早く成長して、売春婦として稼いでくれることを心待ちにしていると話しました。私は彼女に、娘たちを売春婦にさせたいのかたずねると、彼女は「それが私にとって良いことなら、娘たちにとっても良いことなのだと思います。」と言いました。彼女は、私が彼女の考えに賛同しないことを知ると、私の治療所から出ていきました。

ピートがガールフレンドの家を追い出されて私の診療所に来たので、私は再び彼と話をしましたが、結局彼は「もう先生と話をしたくありません。」と言って出ていきました。

その後、歩いて彼女の家に戻ったピートは、彼女に再び家に住まわせてほしいと頼み込みましたが、彼女からは同じようにきっぱりと断られました。また飲み屋を回りましたが、仕事をさせてくれるところはありませんでした。

ピートは仕方なく、また私の診療所に歩いて戻ってきました。彼は結局18マイル(約29km)も歩いたことになります。しかもひどい二日酔い状態で。

ピートは診療所に入ってきて、「先生が私に話そうとしたことは何でしたか?」と言いました。私は、「ピート、もうその話はやめにしましょう。今あなたに言えるのはこれだけです。私の家には塀に囲まれた裏庭があります。そこには古いマットレスが置いてありますから、そこで寝泊まりしてもよいです。雨が降ったなら、そのマットレスを軒下まで移動させてください。夜寒いなら毛布を貸してあげますが、おそらくこの時期であれば寒くはないでしょう。水を飲みたいときは裏庭の蛇口を使ってください。朝になっておなかがすいたら、勝手口のドアをたたいてください。妻があなたに缶詰を差し上げます。」と言いました。私はピートを裏庭に案内し、「ピート、逃げたくならないように靴を預かってほしいなら、そう私に頼まないといけませんよ。」と言いましたが、ピートは望まなかったので、私は靴を預かりませんでした。

その日の午後、私の末娘と孫娘が訪問してきました。私の娘は、「父さん、裏庭に座っている上半身裸の不気味な男は誰?」と言いました。私は、「彼はピートという名前で、アルコール中毒患者だよ。彼は今物事を考え直しているところなんだ。」と言いました。娘は、「彼の胸には大きな傷跡があったわ。彼のところに行って、その傷はどうしたのかを聞きたいんだけどかまわない?」と言ったので許可しました。

ピートは、とても落ち込んだ様子で裏庭の芝生の上に座っていました。娘が彼に話しかけると、彼は喜んで自分のことについて話しはじめました。ピートは、過去に強盗をやっているときに胸を拳銃で撃たれ、病院に運ばれたのだと語りました。病院で切開手術を受けて何とか命は助かりましたが、その後彼は刑務所に送られました。

娘たちは夕方まで話し込んでいました。娘がピートに食べたいものはないかを聞くと、ピートは「ビールがほしいが、もらえないでしょうね。」と言いました。娘は笑いながら、「ええ、そうですね。でも夕食なら用意できます。」と答え、ピートのために夕食を作りました。ピートは、これまで食べたことがないほどおいしいと言い、娘が用意した食事を平らげました。翌朝も娘はピートのために朝食を用意し、また一日中彼と話をしました。娘とピートはとても親しくなりました。

ピートの裏庭生活が5日目をむかえた時、彼は私にガールフレンドの家に行ってもよいかと言ってきました。彼はガールフレンドの家に止めてある自分の古い車を売ってきたいと言いました。私にはピートを裏庭にとどめておく権利などありませんでしたので、彼にすぐにでも行っていいと言いました。しばらくすると、彼はポケットに25ドルを入れて戻ってきました。

戻ってきた彼は、その夜一睡もせずに考え事をしました。翌朝、彼は私に「仕事を探しに行きたい。」と言ってきました。彼は2つの仕事を見つけて戻ってきました。ひとつは、給料はよく楽な仕事ですが、雇用期間は決まっていませんでした。もうひとつは工場の仕事で、時間も長くキツイ仕事ですが、給料はよく安定していました。ピートはまた一晩考えて、工場の仕事をすることに決めました。彼は、今ある25ドルで安いアパートを探すといって裏庭を出ていきました。

アパートを見つけ、仕事を始めた彼は、次の木曜日にガールフレンドの家に行き、彼女に「出かけるからついてきて。」と言いました。彼女は「いや、どこもいかない。」と言いましたが、ピートが「無理やりにでも連れていく。」と言ったため仕方なく従いました。ピートは彼女をアルコール中毒者が集まる断酒集会に連れて行きました。その後、ピートとガールフレンドは、定期的に断酒集会に通いました。2週間後、ピートがその会ではじめて発言をしました。それはこのような内容でした。「どんな酔っ払いでも、真面目になることができます。そのために必要なのは、裏庭という再出発の場所です。」

しばらくして、ピートのガールフレンドが私の治療所を訪れてきました。彼女は、自分の娘たちは高校へ行き、その後専門学校に行って技術を学び、真面目に仕事をして稼ぐべきだと考えを変えていました。なぜなら、娘たちには自分よりももっと良い生活をする価値と権利があると考えたからです。

私が知る範囲では、ピートを裏庭で生活させてから5年が経とうとしていますが、彼は酒を飲まず、仕事を続けています。私が彼にした心理療法は、裏庭に入れることだけでした。

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